第8回 ブログ版 農業講座「稲を食べる虫と農薬のはなし」

夏から秋へ、そして徐々に秋が深まりながらゆっくりと冬へ…

というのが、四季の美しい日本の気候だったはずなんですが、

このところ、夏がいつまでも暑さを引きずり、少しだけ秋の気配を感じたかと思うと、

突然、冬将軍が襲いかかって来る! といった感じの気候になっていますよね。

ここ数日は、「寒さの底」とも言えるほど冷え込んでいますが、体調を崩さないように気をつけたいですね。

さて、本日も農業講座のお時間でございます。

講師はお馴染み、農業の達人・豊嶋和人さんです。

【稲を食べる虫と農薬のはなし】

稲作を体験できる『天穂のサクナヒメ』というコンピューターゲームが人気なんだそうです。わたしは持ってないので遊べていないのですが、天候や、施肥、水管理などの作業と病害虫の発生や稲の出来がリアルに結び付けられていて、実際の稲作の技術書がちゃんと参考になるとか。へーっと思って攻略サイトなどを見てみると確かによくできています。害虫だけでなくそれを食べる益虫や蛙も要素に含まれているのがいいですね。

少しおやっと思ったところがあります。ゲームの舞台は近世の日本っぽくて化学農薬も化学肥料もないんですけど、ゲームに出てくる害虫はじつに現代的なのです。

まず椿象(カメムシ)による斑点米の存在です。これは長い稲作の歴史のなかでもここ数十年の問題といっていい現象です。収量が少なく飢饉が頻繁に起きる時代には米につく黒い斑点など誰も気にしないでしょう。実際「斑点米」で論文検索してみますと、お米に量より質が求められるようになった1970年代以降に大きく学術論文数が増えています。

ブログの第三回で少し紹介しました桐谷圭治先生の研究によりますと、耕作放棄地のイネ科雑草を餌にしたカメムシの増加が斑点米問題を大きくしているのだそうです。耕作放棄地の増加も70年代からですね。また、香川県ではここ10年ほどのあいだに、前回も少し話題にしました温暖化によって斑点製造能力の高いミナミアオカメムシがひんぱんに見られるようになりました。

(第3回ブログより、ブロッコリーにつくカメムシ:本人撮影)

 

もう一点は、二化螟蛾(ニカメイガ)がいないことです。ニカメイガは茎のなかに幼虫が入る虫で、ウンカ類とならび長らく稲作最大の害虫でした。が、ちょうど斑点米カメムシと入れ替わるように退場します。その原因はいくつかあるようです。品種改良によって稲の茎が細くなった、土壌改良資材のケイカルの施用により茎が固くなった、あるいはコンバインによって茎が細かく切り刻まれるようになったなどが考えられています。

決して第二次大戦後に発達した化学農薬によって急激に減少したわけではありません。むしろ、化学農薬に対して抵抗性をつけやすい、殺虫剤に強い虫でした。

1960年の夏、香川県中西部の農民が何台ものバスに分乗して県庁に押しかけるという事件が起こります。ニカメイガに使用した農薬、パラチオンが効かずに被害を受けているがどうしてくれるのかと抗議にやってきたのです。粗悪品を売りつけたのではないかと怒る農民もいました。

これは県だけでは収集がつかないと、国の研究所も一緒になってこの年使ったパラチオンの成分を調べますが、粗悪品ではありませんでした。虫がパラチオンに対して抵抗性をつけていたのです。原因は香川県中西部の農民の熱心すぎる防除でした。当時は化学農薬の種類も少ないため、よく効く最新のパラチオンをみんなが使います。香川県の1戸あたり耕作面積は狭く、少しでも収量を上げるため、争うように使用した結果がパラチオンの効かないニカメイガの発生でした。

実際、当時の研究によると、香川県中西部一帯のパラチオンの使用量は他の地域より多かったのです。そして、多い地区ほどそこにいるニカメイガのパラチオン抵抗性は高かったことがわかっています。今の目線から眺めると、農薬のやりすぎよくないねとなるのですが、当時は先述したような食料事情や耕作面積の問題がありました。化学農薬導入前にはニカメイガの防除には誘蛾灯が使われていましたが、讃岐平野には25万燈もの誘蛾灯が灯っていたそうです。これは全国的にも大変多い数でした。

善通寺市に農林省四国農業研究所(現在の農研機構西日本農業研究センター四国研究拠点)が設置されていて、パラチオンの前に使われていた殺虫剤BHCが善通寺市内の実際の圃場で大規模に試験されるなど、化学農薬の威力を身近に経験していたことも化学農薬に対する信頼につながったのでしょう。パラチオンの効果を日本ではじめて確認したのも四国農業研究所でした。当時、抵抗性害虫の問題は一部の研究者が危惧する程度だったようです。

この讃岐のパラチオン騒動によって、はじめて日本で抵抗性害虫の問題が大きく採り上げられるようになりました。また、パラチオンは残留性は低いものの、作業中の中毒事故が多発するような、今の殺虫剤と比較にならないほど急性毒性の高い殺虫剤でしたから、それが虫に効かないとなれば低毒性の殺虫剤への切り替えも加速しました。

60年前の讃岐平野の騒動は日本の殺虫剤の歴史を変えた…と結べることができれば美しいのですが、今年の水稲に大きな被害をもたらしたトビイロウンカをはじめ抵抗性害虫の問題は近年さらに深刻化しています。その話は長くなるので割愛しますが、60年前の教訓からか、香川県農業試験場病害虫防除所(リンク)は殺虫剤の効きを調べる「感受性検定」を他県と比較しても熱心に行ってくれているようです。

 

参考文献

尾崎幸三郎『虫のこと むしに聞く(水稲害虫の薬剤抵抗性)』←私家版ですが、県立図書館の郷土資料に所蔵されています。

小山重郎『害虫はなぜ生まれたのか 農薬以前から有機農業まで』(東海大学出版会)

石倉秀次『誘蛾灯史』『薬剤による螟虫の防除』(日本植物防疫協会植物防疫資料館資料)

 

農薬については制度や登録内容が頻繁に変わるので本で勉強するには不向きな分野ですが、最新の内容を平易に記述してくれている

農文協編『今さら聞けない農薬の話きほんのき』(6158 ノ) ※

は現時点でのおすすめです。ただ、来年からまた制度が変わって環境や作業者の安全に対する規制が厳しくなります。最新の資料で勉強したい場合は日本植物防疫協会が毎年発行している『農薬概説』がもっとも確実です。

は町立図書館所蔵です。

カメムシは「椿象」と書くんですね。字面からは、甘くかぐわしい香りを放つ虫のようなんですがね…。

ちなみに、英語では ‟stink bug” と言い、「臭いムシ」という、そのまんまな呼び方をするようです。

豊嶋さん、今回もありがとうございました。

 

 

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